ブライダルカメラマンの仕事は、想像していた以上に体力も神経も使う仕事でした。結婚式はやり直しが出来ません。新郎新婦はもちろん、ご家族や友人の表情、その場でしか生まれない瞬間を、自分で判断しながら撮っていく。繁忙期には1日に2件の結婚式をほぼ休憩なく担当することもあり、緊張と疲労で倒れそうになるような日もありました。華やかに見える世界ですが、その裏側はなかなかハードです。それでも、私はこの仕事が好きでした。大変な撮影を終え、お客様に写真を渡したときに、新郎新婦が顔をほころばせる。嬉しいお礼の手紙をもらう。相澤に頼んでよかった、と言ってもらう。それが、純粋に嬉しかったんです。
実は私、幼いころから「自分はこれでいいんだ」と、素直に思えることがあまりありませんでした。何をやっても母から心配されることばかりで、どこかにずっと「自分を認めてほしい」という気持ちがあったのだと思います。今振り返ると、その気持ちがある種の「反骨精神」になって、仕事へのエネルギーや情熱に変わっていったのだと思っています。
「誰かに自分を認めてほしい」という気持ちは、一見ネガティブなものにも思えます。でも私にとっては、それが仕事を続ける原動力のひとつでした。写真をきれいに撮ること以上に、自分がしたことで相手が喜んでくれること。それが、少しずつ私にとっての「働く理由」になっていきました。
そんな中、私にプロカメラマンの在り方を教えてくれた、尊敬していた先輩カメラマンが、不慮の交通事故で突然亡くなりました。それまで当たり前のように続くと思っていた日常が、突然なくなる。その出来事をきっかけに、私は初めて自分の働き方を立ち止まって考えるようになりました。
「何のために、働くんだろう。」
仕事は大好きでした。信頼できる仲間もいた。だからハードな日々も頑張れたし、苦ではありませんでした。 だけど、「会社のために自分の命や時間をすり減らして、もし明日自分が死んでしまったら、自分の人生って一体なんだったんだろう」——そんな強烈な問いと恐怖が、胸に突き刺さったのです。好きな仕事を一生懸命やることと、自分を置き去りにして仕事のために生きることは違う。
命の有限さを突きつけられたこの出来事を境に、私の中で「働く」ということへの覚悟が、根底から変わっていきました。



