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2026.10.05

特集「仕事と、生き方」
第3話|#独立したら、極貧生活。

 35歳で社員カメラマンを辞め、個人事業主のカメラマンとして独立しました。今振り返れば、かなり勢いで決めた独立だったと思います。会社カメラマンとして経験も積んできたし、人物の撮影には自信があった。自分一人なら、なんとかやっていけるだろう。そんなふうに甘く考えていました。

 でも、現実は甘くありませんでした。仕事はあるものの、そのほとんどがブライダルの下請け撮影。どんなに数をこなしても、そこから大きく収入が増えることはありませんでした。
しかも、独立して間もなく長男が誕生。妻はパートを休み、家族の生活を支えるのは自分の収入だけになりました。カメラマンの仕事だけでは生活費が足りず、早朝の物流仕分けのアルバイトを始めました。朝早くから4時間ほど働き、当時の時給は900円くらい。撮影がある日はアルバイトを終えてスーツに着替え、そのまま結婚式場へ向かう。朝は仕分け作業、昼はカメラマン。
子どもにおもちゃを買ってあげる余裕もなく、限りある予算の中で、100円ショップのおもちゃを買って遊ばせる。そんな「極貧生活」が2年ほど続きました。

 でも不思議なことに、あの頃を「辛かった」という記憶ばかりではありません。お金はなかったけれど、家族で過ごす時間がありました。子どもの成長をそばで見ながら過ごせたことは、今振り返れば大切な時間だったと思います。

 「仕事がうまくいっていることと、幸せであることは、必ずしも同じではない」

 家族との時間の中で、そんな当たり前で大切なことに気づかされた気がします。一方で、仕事に対する危機感は膨らんでいました。当時の業界には、会社員をしながら土日だけ撮影に入るフリーカメラマンも多くいました。もちろん、いろいろな働き方があっていい。でも、カメラマンを本業として家族を養おうとする自分が、同じ価格帯、同じ条件で下請け仕事を続けていていいのだろうか。

 ただ仕事を増やすだけでは、何も変わらない。とはいえ、それまで生活を支えてくれていた下請けの仕事を断るのは、正直、怖かったです。明日からの収入がなくなるかもしれないからです。それでも考えました。

 「相澤だから」と選んでもらうために、自分には何ができるのか。
 カメラマンとしての自分のアイデンティティは、どこにあるのか。

 安さや都合の良さではなく、カメラマンとしての存在価値で直接選んでもらえる仕事がしたい。独立して3年目、怖さを抱えながらも、仕事のやり方そのものを変えることを決めました。勢いで独立して極貧生活の中で見えてきたのは、単なる稼ぎ方ではなく、「自分はどう仕事をしていきたいのか」「誰にサービスを提供していきたいのか」ということでした。

 働き方を選ぶことは、どんな人生を送りたいのかを選ぶことでもある。家族との時間を大切にしながら、自分らしい仕事で生きていくにはどうしたらいいのか。極貧生活だったこの時期に、改めて自分の「仕事と、生き方」を見つめ直すことになりました。

 そして私は、それまで自分を支えてくれていた下請けの仕事を、少しずつ手放していくことになります。

この記事を書いた人
相澤 里志

相澤 里志
あだ名は
「動画のあいちゃん」

長野県北安曇郡出身 1981年生まれ
幼少期は、昆虫やミリタリーにハマり、現在は、バイクや車を趣味とする

これまでに様々なジャンルの動画制作実績を持ち、販売員時代に養われた社交性と、幅広い種類の撮影/編集で培った技術、そして高い妥協点を持って仕事をこなすスタイルが取引先からも高い評価を得ている。

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